今回は前編と後篇に分けることにした。花巻に着くまでと、花巻に着いてからの2部構成である。
なぜそんな面倒なことをするのかといえば、一件あたり2時間~3時間もかかっているからである。
更新頻度を増やすため、より省エネで記事を作れられるようにしたいという試みからだ。
言い訳は、ほどほどにして...
福島県境の国見での一泊を思い出そう。
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国見で眠りについたのは12時過ぎだった。
昼過ぎの16時にスタートし、埼玉県から福島県までたどり着けたのは幸運だった。
今回の旅はこんな幸運がこのままつづくとは、つゆほども信じてなかった。
幸運がつづいたヒッチハイク班だが、青木は寝床に恵まれなかった。
青木は12時からテントの隙間から入り込む冷気で一睡もできなかったらしい。
兄さんは朝四時に青木に起こされ、うだうだ文句をいいながらテントから這い出すと、
快活な青木に驚いていたが、なんてこともない。
国見の早朝。朝焼けが美しい。
お世話になった寝床
撤収をすませると、午前9時まで旅行のミーティングと称して、無料のパンフレットやるるぶから情報を頭にインプットしていた。
朝食を摂り、英気をやしなった我々はまたヒッチハイクを開始するのであった。
10分ほどで次の車が止まってくれた。だいたい車は最初の5分でヒッチハイクしている対象を発見し、次の3分間で一台の割合で乗せていただける方があらわれる法則を発見した。
私たちをひろってくれた方は、われわれの先輩にあたる方で、苦学した話や仕事や遠くに住んでいる孫の話をしてくださった。昔の理科大に通い、これから孫に会いに夫婦で車を走らせていたところだという。
このあたりから北陸出身の訛りのない兄さんは、東北弁についていけなくなっており、話と言えば青木がほとんど受け持つようになっていた。
夫妻と軽快に会話がはずんでいる中、20分ほどの渋滞にまきこまれた。
青木は旅行の三日後から塾講師のバイトがあり、それに間に合うか不安がっていた。
東北自動車はなにぶん凄く混むらしい。兄さんはそんな都合など気にせず、ずけずけと夫妻からいただいたコーヒーを飲んでいた。彼は派遣労働のバイトをしており、スケジュールに縛られないからである。
岩手県南部の長者原SAでおろしていただいた。
人とペットで大変にぎわっていた。胸のところにひっかき怪我を負っている猫が我々の腰掛けたベンチの足元で旅行客があげたミルクを舐めていたりするようなところだった。
スマートホンばかりいじっている青木
」ずっとSA前のベンチで休憩していたが、人通りが多く日光にさらされるのが辛いので、となりの公園に避難した。
昼食を摂りながら、公園で3時間ほど佇んだ。
花巻にあと一時間足らずで到着するので、どこから高速道路からおりるべきか話し合った。
岩手県花巻にあっけなく着いてしまったので、我々の緊張が解けると、大西はどうしたんだろうという話に自然となった。
バイク班の大西はどうしたのか、ふいに不安になりtwitterを確認した。我々の200キロ前の一関にいた。深夜3時からバイクを飛ばしてきたらしい。
さらに2時間ぼおっとしていた。遠野はどんなところなのだろうと話したりしていた。
そろそろゴールしようかと、ヒッチハイクをはじめるとまたもや10分ほどで次の車がひろってくれた。
福島県在住の夫婦が立派なバンで青森にむかうという。
「いまどきヒッチハイクしてるひとなんているんだ~」と奥さんはめずらしい動物を見つけたように喜んでくださった。
チョコレートをいただいたり、同僚の方の話をしていただいたり、かなり快活な二人だった。
兄さんはお父さんの福島弁がいっさいわからずに、ただ苦笑いばかりしていた。
花巻PAまで送っていただいた。奥さんがどこから一般道路に出るのか、その出口を見つけたいらしく我々と出口の近くまでついてきてくれた。
ひさしぶりに一般道路に出たような気がした。
次回、後篇!!!
ついに暗黒都市花巻に到着!
我々を待ち受ける数々の試練と友との再会!!!
次もさくさく更新します。



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