2014年4月3日木曜日

富士山登頂ノ記




富士山登頂ノ記 

3776mの頂へ……文芸座登山部の記録。 



期間:816~17 
ルート:須走口5合目から 


816(初日) 
登頂開始前に驚愕の事実発覚。兄さん携帯を紛失し、連絡不可能に。しかし、そのようなことは日常茶飯事なのであしからず。我々は御殿場駅に各自集合という形になった。集合時刻は10時。最初に御殿場駅に着いたのは堀口、次いで青木、その後石田江田兄さんが揃って到着。バスの発車時刻に皆無事間に合う。しかしここで兄さんの装備がやばいことがわかる。なんと防寒具を持ってきていない!恰好もまるでこれからビーチにでもいくのかというような姿!しかしまあ気をとりなおして我々はバスの発車時刻までワイワイとしていた。そんなときにとある老人が我々に声をかけてきた。その老人は御殿場駅で観光客向けのボランティアをしている方であった。その老人が兄さんの恰好を見て訝しんだ。「これから富士山に登るのかい?」「この恰好はダメだねえ」「ヘリコプター呼ぶのにいくらかかるか分かるか?100万だぞ!」なんとしばらくの間、兄さんが説教をされることになった。前途多難!これは笑った。 
……気を取り直して、バスに乗ってまずは富士山の登山口となる五合目へ。 
1200 



バスに揺られること1時間、須走口五合目に到着。 

 ここで、我々の登山計画について説明しておこう。我々はこの五合目を出発し、午後5時までに山小屋につくことを目指す。そして翌日の明朝、山小屋を離れ、山頂にてご来光を拝むのだ! 
この日程を乗り切るためにもまずは昼食をとり、十分に準備して臨みたいところだったのだが……ここでも文芸座は適当っぷりを存分に発揮する。 
まず、メンバーで最も不安視されている石田は味噌田楽のみを注文。すかさず他メンバーから指摘が入るも、「いや~、これで充分だろ」と何食わぬ顔である。メンバーの不安をよそに、彼は登山の補助が欲しいといって、金剛杖を売店で購入。しかし、1000円だと思っていたのを1300円で買わされるというアクシデントが発生。石田の顔が早くも曇る。そして堀口、兄さんは登山の前であろうとタバコをふかす。このように、富士登山であっても文芸座の行動に全く変わりはないのである。 
1300 
いよいよ出発! 
 



……するも、15分ほど歩いて休憩。休憩しようと言い出すやつがいるからだ。 
 そう、ケツこと堀口である。彼は事も有ろうに夜勤明けの不眠不休状態でやってきた。おわかりかな?旅塾は皆睡眠が足りてないやつばかりである。皆、慣れない早起きのため2時間~3時間くらいしか寝てないやつばかりである。寝不足は高山病にかかるリスクを高める要因なのだ。彼らはまだ高山病を知らない。 

14:00 
 旅塾山岳部のリーダーこと、江田にペースつくってもらいながら、旅塾は鬱蒼とした林を抜け、緩やかな坂道で小休憩をとることにした。皆、重い腰をおろして用意してきた行動食をとる。石ちゃんは鉄研(鉄道研究会)からのメールの返信をぽちぽち打ち、口数の少なくなってきたケツを写真におさめる兄さん、この先のルート確認を行うリーダー江田、行動食をもそもそ食べる青木と眼前に広がる絶景を前に、思い思いの小休憩をとった 
 その後も続くS字に蛇行する岩場を遊戯王の話題に盛り上がりながら歩く青木とケツと石ちゃん、そんな後続をながめる兄さんと江田は何を考えていただろう。いや、兄さんは何も考えてない。彼は苦しそうに喘ぐ文芸坐メンバーを撮影できれば満足なのである。バシャバシャ、ケツや青木を撮る。その姿は文系カメラ男子とほど遠い。気分は篠山紀信である。 
その後、彼のカメラには身の毛もよだつような恐ろしい写真がおさめられていくのだった…。 







15:00 
6合目に到着、兄さんは水を持ってきてなかった。これはひどい。 
 そこで、山小屋で今後お世話になるであろう2リットルの飲料水を購入する(800円)。文句を言いながらラッキーストライクをぷかぷか吸うケツ、彼はすでに富士登山に飽きていた。道中、「帰りたい帰りたいと呪詛のように繰り返す言葉をうんざりと聞かされている旅塾は、厚着のため汗でびしょびしょになった服を着替えるケツをスマホやデジカメで撮りまくるという地味な復讐を行った。 
「やめろよ~」山小屋、資材置き場の片隅でそんなちっぽけな復讐が行われる一方、ひっそりと石ちゃんはベンチに座って鉄研(鉄道研究会)からきたメールの返事を考えていた。 

16:00 
 このごろから草木は姿を消し、剥き出しになった山肌が目の前に広がる。後ろを振り返っても、5合目は森林の中に紛れてしまって判別は不可能だ。随分高いところまできたな……と感慨に浸る中、堀口が再び苦しみ始める。 
「アァーもう頭痛いなァー」 

仕方がないので、江田が取り出したの酸素缶富士登山最後の切り札である。 
堀口がすかさず吸引をする。 
スー…… 
次の瞬間、堀口の顔が一変した。 
「やばい、ヤバいよコレェ!!!」(笑顔) 
その様子をみた兄さんも吸引。スー…… 
「あっ、すげぇスゲェこれ!」 
どうやら酸素缶がもたらす身体への効果は絶大で、夢中になって吸引を続ける彼らはまるで危ないクスリをやっているかのよう。その後の彼らはしばらく頭痛もなく登山ができたらしい。酸素の大切さを改めて思い知らされた、文芸座登山部であった。 
17:00 
そろそろ今日のゴールにさしかかり、無心に歩く文芸坐メンバーは遊戯王の話題をしていた。遊戯王のデッキの話は脳の容量を食うので無心に聞き流す、それが喧嘩しないコツである。 
休憩所に着くと、記念写真を撮ったり、おにぎり等の行動食を食べたりした。休憩所のベンチは独特だった。谷底ぎりぎりに設置されているため、背もたれに腰を掛けると危うくベンチごと谷底にまっさかさまに落ちてしまうのではないかと思われた。


18:00 
宿に到着する。どっと安堵の表情が浮かぶ文芸坐メンバーにさらなる試練が襲う。 
チェックインを行う江田隊員、元気になったケツ、動かない“何か“こと、石田青年、早く寝たい青木、兄さん、一同は重いザックをおろし、一日の締め括り宜しく寝床に踏み込んだ。 








――――そこは山小屋という貧民窟だった。 
嘆き悲しむ文芸坐一同 
指定された場所で、すし詰めになって、仮眠をとる登山客は第二次世界大戦時の劣悪な住環境や食糧事情、蔓延する伝染病にむせぶユダヤ人たちの姿と重なってみえた… 

―――山小屋は倉庫と宿を兼ねたもので、寝床の横は物資が積まれていたり、布団が積んであったりした。青木隊員の寝床は、人と肩の触れ合わない壁際なのだが、壁から釘がはみ出していて危険きわまりなかった。兄さんは江田、ケツに挟まれ身動き一つとれない環境に耐えかねて、無断で空いている部分に入り込んで仮眠をとった。狭い山小屋内は三段構造で人がぎっしり詰まっているので、空気が薄く、居るだけで頭痛がしてくるような処だった。このまま深夜12時迄、我々は眠れない時間を過ごす・・・・。 
そんな中、ただ一人ある部分が元気な青木隊員は受付前の簡易便所でオナニーをするのだった。 









ご飯を食べる。その顔は深い悲しみに包まれている 
(ちなみに、山小屋ではきちんと食事も提供されている。ただし、我々が確認した山小屋の食事料金は豚汁が700円、ハンバーグ定食が2500円で、我々は引き下がることしかできなかったのである。これがぼったくりであると考える人がいるかもしれないが、山小屋で食事を用意するというのはそれだけコストがかかるのである……と、泊めてくださった山小屋の方たちのためにフォローしておく) 

8172日目 
0:30 
起床。富士登山の大一番に備えて、朝食を取る。ただ、案の定というべきか十分な睡眠時間をとることができたのは誰一人としておらず、これから始まる過酷な道のりに耐えられる体力があるかは未知数。それでもここまで来た以上、登頂を果たす以外に方法はない。気力を振り絞って、我々は山小屋を後にしたのであった…… 




1:002:00 
辺り一面が闇に包まれた世界で、我々はヘッドライトで照らされた道をただひたすらに登る。この時点では周囲にほかの登山者もおらず、地面を踏みしめる音と自らの息遣いだけが耳に入ってくるのみ。江田はその時の様子を動画に取っていたのだが、何度見返してもシュールとしかいいようがない) 
七合目、八合目は区間の距離が近く、すぐに通過。しかし明朝からの登山、しかも登るほどに空気が薄くなる環境は非常に過酷で、休憩ポイントでの隊員たちはみな放心状態。 




特に根がスタイリストなケツの状態はとても深刻で、 
「早く行こうよ」 
と言った次の瞬間には 
「ちょっと休憩しようよ」 
と言うなど支離滅裂な思考に陥り、江田が半ギレになりながら登ることになるなど、大変な時間帯であった。



3:006:00 
石ちゃんの杖に括りつけられた鈴の音が冥土の境目をあたりに示していた。月明かりのみでは足元が見えない。誰もが登頂を目指して気の遠くなるような道をジグザグに進んでいった。 


本八合目あたりから、行き倒れのような登山客が増えてきた。肩を寄せ合って温めあう者や友達同士励ましあう者、眠って動かない者、ゲロ袋を抱えて動かない者がいた。そんな情景を眺めている隊員たちも彼らに深い同情の念を感じていた。いずれ彼らと同じになるのではないかという不安を抱えながら、身を切る山の風を浴び登った。頂上ではヘッドライトをつけた登山客が列をつくっている姿がみえる。 

なんか・・・・・宗教の団体みてえだな」青木がぽろりとこぼした。 
「あんなに並んでるってことは、頂上付近はけっこう渋滞してるのか?」 
「あれは頂上じゃねえよ」と言う江田に皆は肩をおとした。 

 もはやケツ隊と江田隊にわかれてしまった。ケツ隊がもたもた登っている間に江田隊は登りきった先で待っているスタイルになっていた。手持ち無沙汰な江田と兄さんは、そんなケツ隊の姿を写真に収めまくっていた。 

 





ケツと石田。精一杯の笑顔が哀愁を誘う 

 八号五勺に到着し、腰をおろす兄さんとケツは大好きなタバコを吸うのも忘れて身体を休めていた。外国人にライターの火をねだられたことがあった。喫煙者の兄さんとケツは標高3500Mでタバコを吸える外人のタフな身体に感心した。吹き荒れる山風に直撃する二枚しか着ていない兄さんは、身体が冷えたようで早く出たがっていたので出発を早めた。そこからは道のいたるところで力尽きた登山者が腰を休めていた。ひどい切り立ったがけの狭い道なので休むので高所恐怖症の兄さんは本気で邪険にしていた。そのころには九合目に到達していた。 








  九合目は最後の休憩所であり、そこから渋滞していた。最早ケツと石ちゃんは口を開かず、江田も青木も兄さんもすっかり口数少なくなってしまった。江田は「これから激混みだからw」というが、山頂はまだ見えてこなかった。少し登った先に山頂が見えてくるという江田の言葉をたよりに気を引き締めるやら、ぐったりしているやらのメンバーは、渋滞する富士山を進む。 
 すぐに渋滞にさしかかり、登山道は新宿や原宿駅前のように登山客でごった返し、兄さんは渋滞で冷えた身体に身を震わせて歩いていた。高山病で目に激痛が走り登山客のヘッドライトを直視すると頭を打つような頭痛がするようになった。傾斜は急になり、道は細くなった。空が明けてきた。時間は430になった。 

山頂までの列が急に詰まり始める。あと少しで、この苦行に一区切りをつけられるのだ。江田はゆっくりと歩く列の横を駆け抜けるように登り、いつのまにかケツもその後を追っていた。そして……門が目の前に姿を現した。 
500 
登頂成功!! 






ご来光にギリギリで到着!その瞬間、隊員達の顔は、疲労困憊な顔とは裏腹に、すがすがしいものであった…… 




――富士山の登頂は、非常に過酷なものであった。しかし我々はその経験を、一生の宝物として胸にしまい続けるだろう…… 
(終わり)