2014年4月4日金曜日

茨城県横断ツアー

茨城県横断海鮮ツアー 



・初日 
 初日は私が野暮用を済ませたころ、広井と共に出発。12時近かったため、久喜駅から輪行して小山駅へ到着。小山駅に降り立った瞬間、茨城ワールドが広がっていた(小山駅はまだ栃木県)。夢の国茨城ランドはR50をさがすだけでも一苦労だった。まず、茨城ランドの住人とは、金髪パンチパーマにスカジャンを着込んだ中年男性とアラレちゃんの帽子をかぶってくわえ煙草をする女性の2タイプに分類できる。駅の中に2人、外にだいたい3人くらいいた。正午過ぎの駅前だというのに閑散していたせいか、それぞれのキャラクターは活気に欠けているようだった。 
 無事R50を見つけて、1時間ほど走ると青木と合流。そのあと、コンビニで休憩と補給を行った。私はスポーツドリンクを1本とから揚げ棒を食べた。 
 大洗に到着するまで、道に迷うことなくR50を走り続けた。ずっと一本道で日差しは強かったが、田園から吹き抜ける心地よい風で快走できた。水戸を抜けるころには、日が暮れ始めて、我々は早いペースで丘を登ったり下りたりしていた。私は、このペースなら8時過ぎには大洗に着けるかもしれないと、遅れをとりかえした気分でいた。 
 しかし、大洗は思ったより遠く、水戸市街地に入ったころには9時をまわっていた。広井と青木の疲れもピークにきており、私も夜間の走行に疲弊していた。コンビニなどで3回ほど余分に補給をとる。 
 大洗から20キロ手前の時点で、午後9時近くなっていた。我々がR50R51の交差点で信号待ちをしているとき、ヤンキーの兄ちゃんがもめていて、怒号があまりにも激しいのでひどく怖かった。茨城人の青木が「茨城の恥部だ…」とつぶやいていたのが印象に残る。 
大洗に無事到着したころには午後10時過ぎだった。大洗駅は思ったより小さく、暗かった。我々はひとまず風呂屋を探すことにし、無事到着。一日の垢を流し終えた我々は、大洗唯一のスーパーで肉と花火を買い込んだ。 
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 大洗の海岸沿いの公園の東屋の下にテントを張り。すぐに食事の準備にとりかかった。大洗の闇の中、鶏肉をバーナーでとにかく焼きまくった。我々はビールで胃に肉を流しこんだ。途中、見回りの車がきたが、特に身分証明書などの提示を求められることなくやり過ごし、男3人で花火した。遠くで若者たちが打ち上げ花火をしていたが、あまりにも遠かったため、若者たちの声は聞こえなかった。 

私はシュラフカバーと銀マットのみの野ざらしで眠り、青木と広井は今回初挑戦なので、テントで寝た。私たちは、すぐに眠りについた。 


2日目 
 起きると、広井がいないのでどこにいったのかと尋ねると青木曰く、広井は海水浴に行ったと答えた。そうだ、わたしは広井といっしょに海で泳ぐ約束だったのだ、すっかり失念していた。広井は懸命に寝ている私に呼びかけた。けれども、私は起きなかったので仕方なく広井は独りで海水浴を楽しむはめになったようだ広井には悪いことをした。 
 その後、午前10時に撤収し、前日銭湯の広報の方に教えてもらった、「かあちゃんの家」という漁協が運営している食堂に向かった。その間、広井の自転車に荷ひもが絡まるアクシデントがあったが、青木の持ってきた祖父の手作りナイフのおかげで事なきを得た。 





 すぐにかあちゃんの店に到着した。店は注文前に金銭を支払うというシステムだった。店内では数組の家族連れとちょっと多すぎる店員がいた。なるほど、かあちゃんの店とは漁協の女性たちで仕切っているからなのか。 
我々は奥のカウンター席に腰掛け、広井はかあちゃん定食、青木はぶり漬け、私は生しらす丼を注文した。広井はかき揚げのどんぶりに、えんがわの刺身が添えられていた。私の生しらす丼は驚くほど新鮮でたいへんおいしかった。広井も青木も満足していた。我々が食事している間、客が続々と入って来た。いい時間に入れてよかった。 
食事を終えた後、青木は大洗のスーパーでビニールシート2枚を購入し、駅前で輪行の準備を終え、電車に乗り込んで帰った。青木と広井は初めての自転車旅行に満足したようすでそれぞれの帰路にむかった。 

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